純喫茶丸 8knot    〜喫茶店で考えた〜

2015年からの純喫茶訪問ブログ。純喫茶をはしごする船ということで”純喫茶丸”という船の名前がタイトルです。

【東京都:若松河田】カフェテラス 小島屋 喫茶店のホットケーキ編

きょうは、若松河田のカフェテラス小島屋を。

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このホットケーキは美味しかった。かたちも綺麗だし焼きめもツヤツヤ。
銅板手焼きのものだ。懐かしい味。ドリンク付きで600円とは、どこぞのモーニング並みのお値段だ。お値打ち。こちらは平日のみの営業だ。

小島屋を訪れたころ、2017年の夏は田山花袋のエッセイ『東京の三十年』を読んでいた。本の中で、このあたりの大江戸線沿線のようすが書かれていたことを思い出しながら、信号機の標識”若松河田”の文字をぼんやり眺めていた。

.....そうした光景と時と私の幻影にのこっているさまとが常に一緒になつて私にその山の手の空気をなつかしく思はせた。私の空想、私の芸術、私の半生、それがそこらの垣や路や邸の栽込や、乃至は日影や光線や空気の中にちゃんとり込んで織り込まれているような気がした。(出展:『東京の三十年』田山花袋

書物に残った著名人の思い出は、それを読んだ者が心に思い浮かべることで、現代に蘇る。田山花袋が当時感じたような日陰や光線や空気の一部を、いまも感じることができるかもしれないとおもうと不思議だ。

田山花袋はこうも書いている。「今、目の前に行き交う人々の喜びや幸せの感情のやり取りは、その人の人生が終わることで消えていく。人の営みは儚くて愛おしい。誰かが覚えていてくれるかもしれないけど大切な想いは自分でしか持ち得ない。」(大意)そう記し、大いなる想像力で悲しんでいるようすだった。市井の人々のごく平凡な幸せの感情や、些細な感情のやり取りは泡のように消えていく。だからこそ普通のものに興味がわき、そこを離れがたい気持ちになるのだと。私はその気持ちに多いに共感する。そしてそこから離れがたい気持ちになる場所が、私にとっては喫茶店だ。
町に馴染む普通の喫茶店。普通の人々の時間の過ごし方である。小島屋ではそれを感じられてよかった。平穏だった。
私も、おおげさな感動や刺激的な日常を書き綴るのではなく、
ささやかな幸せの思い出、つまり喫茶店でのできごとを細々とブログに残せたらいいなと思う。

とうとう師走も半ば、2017年を振り返る時期となった。早い。今年もいろいろな喫茶店に足を運べて幸せだった。年末の締めの挨拶のようですが、今月も記事はまだまだ続く

 

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東京都新宿区若松町32-1 プラザ小島屋 2F

【2017年8月訪問】