純喫茶丸 8knot    〜喫茶店で考えた〜

2015年からの純喫茶訪問ブログ。純喫茶をはしごする船ということで”純喫茶丸”という船の名前がタイトルです。

【東京都:浅草】カリブ*喫茶店のモーニング編 *ジョセフ・コンラッド ”闇の奥” 読了* 

先日からの喫茶店のモーニングシリーズのつづき。今日は浅草のカリブだ。

ここはその名の通り、カリブの海賊を思わせる豪華客船のようなインテリアだ。
漆黒の客席が雰囲気満点である。何よりもトーストがペリカンのパンであるのがいい。モッチモチの食感はさすがだ。
なんでこんなに味わいが違うのだろうと、毎回感動する。

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これは哲学小説か、はたまた青春小説か

 

さきほど、イギリス作家、コンラッドの『闇の奥』を本日読了した。コンラッドが船乗り経験者だからという理由で興味を惹かれた。先日の記事で、大学時代に本書を読んだことがあるものの、本の印象を覚えていないと書いたが、読み終わってみると、その理由がわかった。それは、当時たかだか20歳程度で、この本の深みに共鳴できるほどの器がなかったせいだ。課題書にふさわしい名作だ。哲学小説か、青春小説なのか。真逆のようだが、どちらとも受けとれる。

人生の精神的勝利とは。

人生の精神的勝利とは。この小説のテーマはそこにあると思う。哲学的に語られるこの小説は、若い頃に読んだとき、難しく感じたのはそのせいでした。抽象的なテーマであり、恋愛ものや単純な勧善懲悪ものではないからだ。前半と後半の印象がまったく異なるので、とちゅうでいやになっても最後まで読みきってほしい。

特にこの一文が印象的だ。

人生とは僕ら一部の人間の想像しているよりも、はるかに大きな謎だろう。(略)水晶の絶壁のように、透明純粋な魂から吐き出されたともいうべき、あの素晴らしい雄弁の反響を聞いたのだ。(引用:”闇の奥”中野好夫訳)

人生は謎である。そうだ。

しかもその大きな謎が解ける人はどういう人物か。以下にヒントがあった。

無数の敗北と、おそるべき恐怖と、忌まわしい勝利という代償によって初めて得られた(略)精神的勝利である。(引用:同上)

精神的勝利は、人生に確信があり率直であり、そして人生の闇に近づいたものだけが得られるものだという。深みがあり、心があるのは、文明か原始か。そしてどちらが墓場だというのか。

この小説内では文明の代表としてパリの貿易会社が、ぎゃくに原始の代表としてアマゾンの人々が描かれていますが、それは叙述のためであって、あまりそこにこだわらず読んでほしい。

あの墓場のようなパリに戻ったのだ。あの街を気忙しげに右往左往しながら、互いに零細な金をくすね合い、忌まわしい料理を啖い、有害なビールをあふっては、くだらない、愚かな夢を見ている群衆に対して、たまらない嫌悪を感じていた。(引用:同上)

SNSで心を病んでしまう現代人は、文明がいいものなのか墓場なのか。SNSを使っているのか、はんたいに使われているのか。攻撃的で気忙しく愚かな罵り合いをする文明でいいのか?今の時代に、疲れている人々にもピッタリのテーマだと思う。

精神的勝利とはなにかを確信したマーロウがあやつる船の様子に注目したい。
小説の前半では、潮の流れにさからって進む船の様子が描かれるが、後半では潮の流れにしたがい、二倍速ですすむ船の姿が描かれる。いったい生きやすいのはどちだろうか。マーロウは潮の流れに逆らうより、潮にのっていく人生を選んだようだ。

 

船乗りさんの気持ち

コンラッドは実際に船員だったので、彼なりの思いが込められた作品だと思う。断じていうが、私は船員を尊敬している。船員は一般の会社員とは少し異なります。専門職であり、技術職で特殊な仕事をしている。文明の利器である丈夫な船に乗っているが、自然と向き合い、ときには命がけの経験をしなくてはならない”超”文明な職でもある。万が一のばあい、船が一つの国のような役割をし、船長の権限が絶対だ。でも陸の貿易会社の職員にはそれがわからない。船員は原始的な存在だと思っている。コンラッドは、そこで〈文明と原始の葛藤〉の壁にであったのかもしれない。コンラッドは自らもコンゴに行き、この小説の元となった経験をしているようだが、実際に船にのった者だからこその、理不尽さを多少なりとも感じたことと思う。それはたたかわなければいけない相手が、人間ではなく、天候とか自然とかという意味でもだ。矛盾や葛藤がコンラッドを襲った。コンラッドは、じじつ30歳で船乗りをやめている。

理不尽な思いは誰でもする。だから『闇の奥』は現代でも、とても響く小説だと思う。人生の勝ち組負け組とは何か、大事なのは、文明なのか文明に負けない心なのか。考えさせられる。現代は『Heart of Darkness』だ。邦題は”闇の奥”だが、直訳すれば〈暗闇の中の良心〉だ
この本のテーマはきっとポジティブなのだ。『逃げるは恥だが役に立つ』と同じテーマだと思う。心の呪縛を解きましょうってことだ。闇の奥、名作だ。

青春小説と評したのは、”ひねくれた時、ものすごく純粋な物事に出会った時の、心がほどけていく気分を味わわせてくれる”小説だと思ったからだ。失った感受性をとりもどしたときにみずみずしさがあった。

人生の舵取りを順行にするかどうかは自分次第。

 

さて浅草のカリブですが、気にいって短期間に何度も通った。
週刊誌がたくさんあり、客船のようにきらびやかだ。休日のひとときに、ここの窓側で休むのが私の精神的勝利だ。

 

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 【2017年8月訪問】

東京都台東区浅草2-2-1