純喫茶丸 8knot    〜喫茶店で考えた〜

2015年からの純喫茶訪問ブログ。純喫茶をはしごする船ということで”純喫茶丸”という船の名前がタイトルです。

【東京都;茗荷谷】ビー玉 喫茶店の旅 丸ノ内線全駅制覇の巻その24*茗荷谷*

丸ノ内線全駅制覇の旅。今回は茗荷谷茗荷谷駅は始めて下車しました。
ここ一帯は文教の街というイメージですね。

f:id:saria444:20170731230006j:plain

ビー玉のあおいあおい海

ビー玉はモヤモヤさま〜ずで映ったそう。大江麻理子さんの代に。この番組は喫茶店で締める流れが好きだったけど、今はそのスタイルから一新したようですね。喫茶店ビー玉は、ロゴが可愛い。”てん”がビー玉になっている。カウンターに並んだ水色のビー玉は、
キラキラした光を蓄えた海水を表現しているようです。ランチョンマットがロープワークの柄だから、カウンター周りは海がモチーフなんだなと気づきました。

大きな壁一面のガラス窓は光がたっぷり入るので、そういうお店で窓側に座るときは、光を反射させたくて、色濃い珈琲よりアイスティーを頼むことが多いのだと自分で気付きました。

温泉めぐりと喫茶店めぐり

最近読んでいる本は田山花袋の「温泉めぐり」(岩波文庫)です。文学だけでなく紀行文も多数執筆していたそうで、その中から日本全国の温泉を巡った本書に惹かれました。○○めぐりするほどの気持ちは、私が喫茶店を巡る気持ちにも多少は似ているだろうから、読んでみたくなったのです。今夏、旅先四国で聴いたラジオからこの本の紹介が流れてきたのも、妙にそそられた理由です。読んでみたら、だいたいその温泉のお湯の感想は章全体の一割もなく、道中での友人との会話が記述されていたりとか、宿の主人や宿泊客の勝手なストーリー妄想が書かれていたりするところが、興味深い。やはり文学者が書く紀行文は普通のガイドブックとは一味違うし、表現力豊かな描写で読みやすい。一泊の予定が四泊五泊の予定に変わるだとか、避暑ならぬ避寒のために温泉に行けるとか、そんな贅沢はできないからとても羨ましいのだけれど(笑)。それに『都会からやってくるにわか温泉ファンとは違うんだぞ』という著者のこだわりぶりが文章から垣間見れて、そのフェチ度の高さというか、なんだか人間の味わいがにじみ出ていて、私の中で日本史で習った”田山花袋”という人物名が、一気に血の通った、すぐ近くの歴史を生きた人に変わった瞬間でした。それに温泉ってこんなにあるんだと改めて知れたし、いってみたい!って思いましたから。今でも温泉ガイドとして活用できると思います。

何もないところで心惹かれること

特に惹かれたのが、次の文。

(引用)小さい温泉場、後ろは岩山、前は下田へ通じる街道と田畑、それより他に見るものもない温泉場、それでいながらちょっと通り過ぎたばかりの小さなその田舎の温泉場の姿が未だにはっきりと私の頭に印象されて残っていた。(略)

....だたそれだけだけれども、そのあたりの静けさが、のどけさが、またさびしさが私の心を惹いた。私はそこにも物語が二つも三つもかくされてあるのを思った。人知れず起って、そして人知れず消えていくであろうと思われる物語りを想像した。(出典:田山花袋「温泉めぐり」p17 岩波文庫 )

 

景勝といえるものは何もないかもしれないけど、それぞれの地には人々が紡ぐ日常がある。日々胸にしまうほどでもない名もない人々のささやかな幸せ、温かい気持ちや記憶は、喜びも癒しも、渦巻く思いも、その人が世界を退場した時に一緒に消えて無くなる。書籍になったり日記に書くほどでもない、毎日沸き起こっては消えていく小さな感情が、この一見何もない場所にもある。人々の物語があり、でもそれはいつかは消えて無くなってしまうものだと知ると、切なくなるのではないでしょうか。温泉から浮かんではなくなる水蒸気や湯けむりを見ていると儚い気持ちになる。あぶくのように消えてしまうのだからこそ、せめて自分の心や気持ちだけは大切に扱いたいし、自分の大切な人とは良い感情の交換をして、嫌なことなんて水に流してしまえばいいと思える。喫茶店を巡っている時も、私はそれに近いことを考えています。

喫茶店ビー玉の、海のようにキラキラ光るビー玉を見て、そう思いました。

懐かしさの正体

”なつかしい”という言葉。この「温泉めぐり」の中で頻繁に目にしました。例えば以下。

(引用)温泉というのはなつかしいものだ。長い旅に疲れて、どこか この近所に静かにひと夜、二夜ゆっくりと寝てゆきたいと思うおりに、思いもかけなくその近くに温泉を発見して汽車から降りて一里二里を車または、乗合馬車に揺られ、山裾の村に夕暮れの煙の静かになびいているものを見ながら、そこに今夜は静かにゆっくりと湯にしたって寝ることができると思うほど旅の興を惹くものはない。(出典:同上 p11)

この『懐かしい』の意味は、「昔のことを思う」という意味とは少し異なると感じました。だから辞書をひいてみました。

『懐かしい』の用法は「懐く」と同義で、離れがたい気持ちを表すことばとして、むかしは使われていたようです。喫茶店に来ると「懐かしい」と気持ちが先立つのですが、その正体は、ここから離れがたい。という気持ちだったのですね。

歩いていてふと見つけるのももちろん、ネットでも情報の波の中から思いもかけなく好みの喫茶店を見つけて、そこで静かにゆっくりと浸れると思うことほど、喫茶店巡りの興を惹くものはないのでしょう。私にとっては。

「どこがいいんだろうね〜。」そうマスターが言うお店ほど、素敵で切なくて離れがたいお店なのでしょう。

f:id:saria444:20170731230104j:plain

f:id:saria444:20170731230246j:plain

f:id:saria444:20170731230352j:plain

f:id:saria444:20170731230439j:plain

f:id:saria444:20170731230731j:plain

f:id:saria444:20170731230633j:plain

f:id:saria444:20170731230534j:plain

東京都文京区大塚3-6-1

【2017年7月訪問】